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Online edition:ISSN 2758-089X

一過性に運動性失語症を呈した脳脂肪塞栓の1例

 症例は17歳女性.平成7年2月27日交通事故で頭部を含む全身を打撲し,当科救急受診.意識は清明で,左前額部に挫創を認めるも神経学的には異常を認めず,頭蓋単純写,頭部CTでも異常を認めなかった.右大腿骨骨幹部に非開放性の骨折を認めたため,同日鋼線牽引を施行した.受傷48時間後に,眼瞼結膜と前胸部の点状出血,および運動性失語症が出現.胸部X線では明らかな異常を認めなかったが動脈血酸素分圧の低下を認めた.脳脂肪塞栓症と診断し,低分子デキストランを用いた血漿増量療法を施行した.翌日の脳波では瀰漫性に徐波を,脳血流SPECTでは左前頭葉白質で低灌流を認めた.第8病日に運動性失語症は消失.同日の頭部MRIでは,左前頭葉白質と両側半卵円中心にT1WIでlow, T2WIでhigh intensity を示す点状の異常陰影を多数認めた.1ヶ月後,失語症を含め神経学的にはなんら異常を認めなかったが,頭部MRIでは点状の異常陰影は一部が残存していた.一般に脂肪塞栓症は長管骨骨折の重篤な合併症で,呼吸不全,中枢神経症状,点状出血を主徴とするが,診断し得ないことも稀ではない.また,頭部外傷が合併し,意識障害や神経脱落症状が存在すると,長管骨骨折の根治的な観血的整復術は待機的に行われるため,その間に脳脂肪塞栓が起こる可能性が高くなる.本例の一過性の運動性失語症は,頭部MRI,脳波,脳血流 SPECTの所見より,左前頭葉の運動性言語領野周辺の白質の脂肪塞栓による虚血症状と考えられ,迅速でかつ適切な治療により軽快消失したものと思われた.長管骨骨折の患者に神経学的脱落症状が突然出現した場合,脳脂肪塞栓症をまず疑うことが重要で,診断し得た場合には迅速かつ適切な治療の開始が必要であると思われた.                                (平成10年8月8日受理)
著者名
石原 康子,他
24
2
93-99
DOI
10.11482/KMJ24(2)093-099.1998.pdf

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